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水戸地方裁判所下妻支部 昭和25年(わ)197号 決定 1988年6月11日

主文

本件公訴を棄却する。

理由

一  検察官提出の公訴取消申立書によれば、検察官は、「本件被告人が所在不明になったときから既に三七年余を経過し、その間所在捜査を尽くしたが、発見に至らない」として本件公訴取消申立書を提出したことが明らかである。

二  そこで、破棄差戻し後の第一審裁判所である当審における公訴取消の可否について検討するに、本件記録によると、次の事実を認めることができる。

1  昭和二四年四月一六日、当裁判所に対し本件公訴の提起がなされ、同年六月二日、被告人を懲役一年に処する旨の有罪判決がなされたが、同判決は、「原判決の証拠説明によると『検察官の……各供述調書と被告人に対する検察官の供述調書』を引用しているが記録上検察官の供述調書というものはない。検察事務官の供述調書とすべきを検察官の供述調書と誤記したものであるが右は単に誤記と看做す訳にはゆかない。右誤記が検察事務官の供述調書を検察官の供述調書と誤認したことに基づくものとすればそれは刑事訴訟法第三二一条第一項第二号と第三号に明らかな如く証拠力の乏しい証拠を証拠力の高い証拠と誤認引用したことになり若しその誤認がなかったら或は引用しなかったかも知れぬということがいい得るので判決に影響無しと断ずることはできない。」との理由で、昭和二五年七月六日、東京高等裁判所から破棄され、差戻しを受けたこと、

2  そして、同年一〇月三一日、当裁判所において記録を受理したが、その後、被告人が所在不明となったこと、

3  然るに、昭和五四年八月七日当庁で発生した火災により本件記録が焼失したため、同年九月一〇日、起訴状写、差戻し前の第一審判決書写、東京高等裁判所判決書写、勾留状写、保釈取消決定写を再製のうえ記録を編成したが、証拠書類、公判調書、送達関係書類の再製は不能のまま現在に至っていること、

以上である(なお、被告人所在捜査の過程において昭和二六年六月五日被告人が強制送還されていることが判明した。)。

三  しかして、右事情のもとにおいて、当審としては、控訴審判決で指摘された各証拠についての証拠力の吟味等を経たうえでなければ判決をするに熟さないと解せられ、その対象となる証拠書類等が焼失して再製できていない現状においては、たとえ被告人の所在が判明したとしてもその手続またはそれに代わる手続を行なうには相当の困難が伴うものと思料されるところ、長期間所在不明の被告人に無罪方向での実体判決請求権あるいはその種期待利益をいかなる場合にも保護しなければならないとは解せられないのみならず、検察官の公訴取消申立も被告人の長期間の所在不明を理由とするものであり、右のような手続の進行に相当な困難を生ずるようになった理由についてみても検察官に特段の落度は認められないから、そのような場合には、第一審判決が控訴審判決によって破棄されていることに着目して、公訴取消をなすことも許されると解するのが相当である。

四  そうすると、本件公訴取消は適法であるから、刑事訴訟法三三九条一項三号により、主文のとおり決定する。

(裁判官 古田浩)

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